人事業務をテクノロジーによって効率化し、改善を図る「HRテック」は近年、急速に発展している。本記事では、HRテックの市場規模や普及した背景、導入するメリットや進め方、HRテックの導入を成功させるポイントや、大手企業の成功事例などについて解説する。（文：日本人材ニュース編集部）
目次
HRテックとは
「Human Resources」と「テクノロジー」をかけ合わせた言葉で、人事領域の業務を効率化する仕組みや技術のことである。
具体的には、従来の採用や給与計算などの人材管理システムに対し、ビッグデータやAIなどの先進的技術を取り入れた、革新的な人事領域のサービスやツールを指す。
HRテックの市場価値
デロイト トーマツ ミック経済研究所の調査によると、2023年度のHRテッククラウドソリューションの総市場規模は前年比134.4%の1,077億円で、2024年度は同128.5％の1,385億円になる見込みだ。（引用元：デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2024年度版」）
HRテック需要の背景
HRテックの発展には、いくつかの要因がある。そこで本章では、HRテック需要が高まっている背景について解説する。
テクノロジーの発展
AI、ビッグデータ解析、クラウド、モバイルなどの最先端技術が進化することで、HRテックは多様化し、急速に普及している。
従来、多くの日本企業ではサーバーやネットワーク機器を自社で保有し運用する「オンプレミス型」を取っており、導入や管理に高額の費用が必要であった。しかし、テクノロジーの発展によって「クラウド型」のサービスが急速に普及した。「クラウド型」は端末があればサーバーにアクセスできるので、利便性が高まり、同時に導入コストなどのハードルも低くなった。
人事部門の高度化
人事部門は採用、育成、配置、勤怠管理など多岐に渡る業務を担当している。しかし、労働人口の減少による人手不足から、これらの多様な業務をこれまで通りこなすのは難しくなり、業務の効率化が求められるようになった。また、限られた人的資源で経営を続けていくために企業はより優秀な人材を確保したいと考えており、人事部門はより最適な採用や人材配置、育成を促進する必要がある。
こういった人事部門の業務内容の高度化に伴い、より高い生産性で人事業務を進めるためには、管理システムの導入が不可欠になっている。
HRテックの活用領域
HRテックの市場規模は拡大を続けており、同時にその活用領域も広がっている。そこで本章では、HRテックの3つの活用領域についてそれぞれ解説する。
人事業務の効率化
人事業務は時代の変化に伴い年々複雑化しているものの、データ入力や書類作成といった単純業務は依然として多く存在する。HRテックの導入によりこれらの単純作業をシステム化すれば、人為的ミスの防止にもつながり、人事業務の大幅な効率化が可能である。
オペレーションの効率化
人事の業務には、採用活動や給与計算など、大量のデータを取り扱うオペレーション業務が多いという特徴がある。HRテックはデータ処理に長けているため、こういった人事関連のオペレーション業務と相性がよいといえるだろう。
分析や仮説立案
HRテックは、AIやビッグデータといった先端テクノロジーとの融合により、分析や仮説立案にも対応可能である。より精度の高い分析や仮説立案を行うのはもちろんのこと、大幅な時間短縮にもつながる。人事部門に限らず、広範囲に応用できるだろう。
HRテックに関するIT用語
本章では、HRテックに関するIT用語を紹介する。この機会にそれぞれの意味を整理しておこう。
ビッグデータ
文字通り、巨大なデータを意味する。ビッグデータについての明確な定義は存在しないが、「Volume(量)」「Variety(種類)」「Velocity(速度あるいは頻度)」の3つのVを高いレベルで備えた、人間では把握できないようなデータ群を指すことが一般的である。
AI
「Artificial Intelligence」の頭文字をとった言葉で、いわゆる人工知能のことである。AIについての明確な定義は存在しないが、一般的に、音声認識や情報処理といった、人間の脳内での処理を人工的に再現する技術の総称を指す。
クラウドコンピューティング
クラウドコンピューティング（略称：クラウド）は、インターネットなどのネットワーク経由で、コンピュータ資源をサービスの形で提供する利用形態である。これにより、サーバー、ストレージ、ネットワーク、データベース、ソフトウェアなどのコンピューティングサービスをインターネット経由で利用することができる。例としてはAWSやAzureなどのクラウドサービスがある。
SaaS
「Software as a Service」の頭文字をとった言葉で、インターネット経由で利用できるソフトウェアのことである。代表的なものとしては、ビジネスチャットや会計ソフトなどが挙げられる。ネット環境があればどこからでも利用ができ、複数人で1つのファイルを編集・管理することも可能である。
RPA
「Robotic Process Automation」の頭文字をとった言葉で、パソコンで処理している事務作業を自動化できるソフトウェアロボット技術のことである。代表的な活用例としては、会計の自動仕分けや請求書の自動発行などが挙げられる。RPAの活用により、業務の効率化や人為的ミスの削減などが期待できる。
ピープルアナリティクス
人事に関するデータを収集・分析し、採用や評価といった人事領域における、さまざまな意思決定に活用する手法のことである。ピープルアナリティクスを導入することにより、従業員の置かれている状況を詳細に分析できるようになるため、精度の高い人材マネジメントを実現できる。
HRテック導入の4つのメリット
HRテックを導入するメリットは人事の業務負担軽減など量的なものだけではない。本章では、HRテックを導入することで得られる4つのメリットについて解説する。
人事業務の負担削減
勤怠管理や証明書の発行といった、これまで人の手で行われてきた人事業務を自動化することが可能である。定型業務の自動化により、人事担当者の業務負担が軽減され、その分のリソースを人事戦略の立案や規程の見直しといった、高度な業務に費やすことができる。
優秀な人材の確保
社内で活躍している既存の従業員の特性をデータ化し、応募者と照らし合わせることが可能となり、結果、自社にマッチした優秀な人材を確保しやすくなる。また、最近はオンラインでの通話やチャットなどを通じて、応募者とこまめにコミュニケーションを取る企業も増えており、採用においてWeb会議システムは特に欠かせない存在となっている。
評価基準の明確化
人事評価は公平に下すことが難しく、従業員からの不満が生じやすい業務である。その点、HRテックを導入すれば、目標や成果を数値として可視化できるため、評価基準が明確になる。評価の公平性が担保されていれば、従業員から不満が生じるケースも少なくなるだろう。
経費削減
HRテックは人間とは異なり24時間稼働し続けることが可能で、残業代も不要である。給与計算やデータ入力といった単純作業を自動システムに任せれば、人件費の削減につながるだろう。
HRテックの導入には初期費用やランニングコストが発生するが、長期的に見れば、それらの費用を上回る経費の削減を期待できる。
HRテック導入の進め方5つのステップ
実際にHRテックを導入する際は、正しい手順に沿う必要がある。本章では、HRテック導入の進め方について、5つのステップで解説する。
導入目的を明確にする
HRテックに限らず、新たなシステムや制度などを導入する際は、その目的を明確にすることが重要である。「導入して何を実現したいのか？」といったゴールを明確にし、常にそのシステムや制度に関わる全員が確認できる状態にしておくのが推奨される。導入すること自体が目的になってしまうと、適切な効果が得られないので注意が必要である。
業務の棚卸
導入目的が明確になったら、次は業務の棚卸しを行う。本来は行う必要がない無駄な業務があると、HRテックの効果が阻害されたり、コストが割高になったりする可能性がある。事前に部門内の業務を棚卸しし、無駄な工程がないかを確認しておく必要がある。もっとも効率的な業務ステップに整えたうえで、必要箇所にHRテックを導入するのが効果的である。
代替できる業務を精査する
業務の棚卸しが完了したら、続いてHRテックで代替できる業務の精査を行う。
具体的には、最初に定めた「自社がHRテックを導入する目的」と照らし合せて、どの業務を代替すべきか精査する。例えば、HRテックの導入目的が既存業務の効率化であれば、工数の多い業務から優先的に導入を検討すべきだろう。限られた予算の中で最大限の効果を得るために、この業務の精査は非常に重要なステップである。
自社にあったHRテックを検討する
HRテックで代替する業務が確定したら、これまでに集めた情報や分析結果をもとに自社に合ったHRテックを検討する。一口にHRテックといってもさまざまなサービスがあるので、どれがよいかを見極めるのは非常に困難である。候補をいくつかに絞り、可能であればトライアルを利用して比較したうえで、最終的な判断を下すことが推奨される。なお、検討時は機能や使いやすさだけでなく、カスタマーサポートの充実度など、運用面での評価も忘れずに行うべきである。
効果検証と見直しの実施
HRテックは、導入して運用を開始したらそれで終わりではなく、定期的に効果の検証と見直しをすることが大切である。検証の結果、事前の想定以下の効果しか得られていないのであれば、運用方法に問題がないか見直しを行う必要がある。もし、何度か見直しを行っても改善されないようであれば、別のサービスへの切り替えも検討すべきである。
HRテックの導入事例3選
本章では、実際にHRテックを導入した企業の成功例を紹介する。実際の現場でどのようにHRテックが活用されているのか、自社での導入の参考にしてほしい。
成功事例1.ソニーマーケティング株式会社
ソニーマーケティングでは、社員教育において十分な効果を得られていないという課題を抱えていた。そこで同社は、eラーニングにHRテックを導入し、効果的な教育体制を整えることに成功している。
具体的には、社員一人ひとりの職種情報とeラーニングの受講履歴を紐づけ、実務に役立つ知識を最適なタイミングで供給することが可能になり、特に若手社員の成長に大きく貢献している。
成功事例2.エイベックス株式会社
エイベックスの人事部門では、複数の管理ツールを使用していたことが原因でミスが多発しており、ミスの防止と業務の効率化が課題となっていた。そこで同社は、新たな採用管理システムを導入し、管理ツールの統一と業務フローのシンプル化を図った。
その結果、採用担当者の工数を約40%軽減することに成功し、現在は短縮できた時間を活用して、新たな採用手法に取り組んでいる。
成功事例3.NTT東日本
NTT東日本では、いち早く在宅勤務制度を取り入れていたものの、社員間のコミュニケーション不足によるさまざまな問題を抱えていた。そこで同社は、「Orihime(オリヒメ)」と呼ばれる遠隔コミュニケーションロボットを採用し、社内に本人類似のロボットを常駐させることにした。
その結果、あたかも本人がその場にいるかのような環境が生まれ、社員間の意思疎通に効果を発揮している。
HRテックの導入を成功させるポイント
HRテックの導入を成功させるためには、いくつかのポイントを押さえておく必要がある。そこで本章では、HRテックの導入成功に欠かせない2つのポイントを紹介する。
HRテックにすべてを任せない
HRテックは非常に便利ではあるものの、全ての業務を任せるにはリスクがある。人に関わる仕事である人事業務には、人の判断が必要になる領域も依然として存在するからである。
特に人事評価においては、従業員の成長意欲やメンバーへの動機づけなど、数値化しにくいポイントが存在し、データだけに頼っていると従業員の不満につながる恐れがある。HRテック導入後も、人の判断が必要な部分を見極め、業務が機械的にならないよう注意する必要があるだろう。
セキュリティ対策を万全にする
HRテックは、従業員はもちろん応募者の個人情報を取り扱うため、セキュリティ対策が欠かせない。万が一、情報が漏洩した場合には、大きな責任問題に発展する可能性が高い。導入後のセキュリティ対策に万全を期すだけでなく、ベンダーと交わす個人情報の取扱いに関する契約についても、慎重にチェックする必要がある。また、従業員の不正による情報漏洩を防止するため、社内でのアクセス権限についても検討が必要である。
HRテックに関するQ＆A
HRテックの始まりは？
HRテックは、1990年代初頭のアメリカで始まったといわれており、勤怠管理や給与計算を効率化することを目的として、労務管理に関するツールが最初に誕生し、これがHRテックの起源となった。
自社に最適なHRテックソリューションは？
HRテックを導入する目的によるものである。例えば、労務管理の効率化が目的であれば労務管理システム、採用プロセスの一元化や効率化が目的であれば採用管理ツールといったように、自社の課題によって最適なサービスも変化するだろう。
HRテックサービスの操作は難しい？
ツールやシステムの操作方法を新たに学ぶ必要があるため、人によっては難しいと感じるだろう。ただし、ほとんどのHRテックプロバイダーは、詳細なマニュアルやヘルプデスクを用意しているため、それらを活用すれば大きな問題なく操作できるようになるはずである。
HRテックを有効活用して人事業務の効率化を図ろう
HRテックの導入には初期費用やランニングコストがかかるものの、長期的に考えると、それに見合うメリットが見込める。変化の激しい現代社会においては、人事業務もより複雑化していくことが予測される。人事業務の高度化に伴い、HRテックに対する注目度は今後もさらに高まっていくだろう。
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